娯楽としてのダンス
社交ダンスはスポーツダンスという分野を開拓したことで、その魅力を倍加させましたが、その歴史はまだ八十年程度。そのはるか昔から、ダンスは踊られ続けてきました。
ダンスには、勝つ喜び以上に、人間の心を動かすパスタイム(娯楽・気晴らし・安らぎ)といったものがあります。
中世ヨーロッパにおいて地方に伝承する民族舞踊が宮廷に持ち込まれ、宮廷舞踊(コートダンス)が発達しました。
希代のダンス好きだったイギリス女王エリザベス一世(一五三三~一六〇三)は、イギリス王室のダンス熱を一気に高揚させ、さらにこれまでのイタリアやフランスなどの追従ではない、イギリス独自のダンスを求め始めました。
イギリスの農村地帯を旅し、古くから伝わるカントリーダンスを王室に持ち帰りました。
カントリーダンスはイギリス王室から大陸の宮廷へと伝わり、フランスではコントルダンス、スペインではコントラダンサとなりました。
エリザベス女王の時代が終わると、フランスのルイ十四世(一六三八~一七一五)の時代です。
舞踊を芸術として推進する政策によって、舞台上のバレエと舞踏会のダンス(社交ダンス)との区別が明確になります。
一方、イギリスではピューリタン革命でダンスは衰退し、活気を取り戻したのは十八世紀に入ってからで、これまでの王室宮廷から市民の憩いの場パスタイム(温泉地)が主な舞台になりました。保養をしに訪れる市民に、最高の娯楽としてダンスは受け入れられたのです。
現在、ダンス競技が花盛りですが、競技とは無縁のダンスパーティーも、いまなお大盛況です。